2004年 12月 31日 ( 1 )

【治験の意義】

意義なし!と言われるような薬を世の中に出すのが、治験の意義である。
何に「意義なし!」なのか? それは、世の中に薬として出しても問題ないよ、ということに異議なし!だ。
今までに無かった治療薬、既存の薬と比べて安全性が高いとか、有効性が高いものが、異議なし!なのだ。

そういった素晴らしい薬を世の中に出すためにも、治験は必要だ。
ただし、新薬の承認をもらうために治験をやり、データを申請しても、安全性に異議あり!とか有効性に異議あり!となると、これは、新薬として認められない、となって、却下される場合もある。

だから、今行われている治験中の薬が全て問題なく世の中にでるかと言えば、そうではない。
しかし、それもまた、治験があればこそ分かる話で、どうなろうとも、人間で新薬の卵の効果や安全性を確かめないといけない。
モルモットやマウス、サルに効いても、人間に効かないこともある。
それを確かめるために、治験があるのだ。

だったら、おい!人体実験じゃないか!! オレはモルモット代わりか? と言われると、はい、そうです、としか答えられない。


今、僕が飲んでいる鼻炎の薬も、風邪の薬も、あなたがお使いの薬も、すべて、そのようなモルモット代わりにされた過去の人たちの貴重なデータのもとで審査され、承認されて、そこにあるのだ。

だからと言って、自分をモルモット代わりにして欲しくないという人にまで治験を行うことはできないようになった。(つい最近のことだ。せいぜい、ここ20年というところか。)

治験に参加するということは、今の自分のためにというよりは、自分の子ども、自分の孫のため、という感じだ。
でも、治験に参加したおかげで、今まで、どんな治療をしても駄目だった病気の苦しみから救われたという人もいないではない。

基本的に治験の意義は? と言われたら、後世のために新薬をだすために必要な行為、としか言いようがない。(僕には。)
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by horai_japan | 2004-12-31 00:04 | 薬関係